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抗がん剤かそれとも




 たまに相談を受ける。
ガン治療についてだ。



どうにか治したい…



仮にぼくたち、医者ではないセラピストの治療家、自然療法家の選択肢を「自然療法」と呼ぶ。

対して、いわゆる「標準治療」と言われる、医者が行う手術や投薬。



自然療法と標準治療の違いはどこにあるのか?
皆さん、少し考えてみてほしい。







 医者は「がんと切除と抗がん剤をしても100%助かるとは言えません。」と言う。



 自然療法家は「生活習慣を改善させ、食べ物を変えたとしても治らない人もいる。」と言う。




つまり、双方どちらも
「最善を尽くすしかない」
「治らないかも知れない」
「保証はできない」
 …という答えは同じ答えです。




では、何を判断材料にし、標準治療か自然療法かを選択するのか?
それは「医者」という社会的信用度なのか、それとも別の「何か」か…





自然療法家の信用度はどんなにもがいても医者を上回ることはない。



どれだけ医学を勉強し、知識を確かなものにし、10年、15年、20年…経験を積んだとしても、医者になって1〜2年の先生にすら敵わないのだ。




だからと言って、ぼくは勉強しないわけではない。
引けを取らないよう医学的知識を身に付ける努力はする。





しかし、どれだけ医学的知識が豊富で、経験豊富であっても、人が人を治すことはできない…という大前提は、自然療法家だけでなく、医者も覆すことはできない。




30年、40年、50年と経験のある医者でも人を治すことはできない。


患者は医者が病気を治してくれるものだと勘違いしているが、治しているのは自分自身の身体の生命維持機能が治している。


クスリを飲んだから治ったのではない。

手術を受けたから治ったのではない。



自分自身の生命維持機能が、怪我や病気を治すのです。





医者も、我々自然療法家も、人を治しているなんて烏滸がましいことを思ってはいけない。



何をしているのか?
「こうすると、より早く回復を促せるかも知れない」
という事を、手を変え、品を変え行っている。






では、双方
「ガンは100%治るとは言い切れない」
と、同じ答えを言っていて

「人は他人を治すことができない」
という大前提を元にすると

標準治療と自然療法、どちらの何を判断材料にすれば良いのか…?











 それは、治療の先にある「死」の選択であると、ぼくは思っています。






 人は例外なく「死」を迎えます。
それが病気なのか、事故なのか、老衰なのか、はたまた自害なのか





医者言う。
「そんな科学的根拠のない変な治療法に頼っていたら、本当にこのままではがんで死にますよ!!」






どう生きるか?
というよりも、どんな終焉を迎えるのか?
を選択してみよう。




苦しい時もあったけど、今までよくがんばったと自分を褒めてやりたい、楽しく生きてこれた、何より最後に愛する人に笑顔を贈ることができたことは、何より有難い。
まさに悔いのない人生だったと笑顔で死を迎えるのか…




病院のベッドで苦しみ悶えながら、髪も全て抜け落ち、体内はメスの痕と化学物質でぐちゃぐちゃになり、免疫も落ちたことで様々なウイルスや細菌に侵され、何によって死を招いているのか分からぬまま、苦痛に歪んだ顔で死を迎えるのか…




自然療法家は思う。
「がんで死ぬならまだしも、メスと化学物質に殺されているようなものだ…」






どちらを選択したいか?











 心筋梗塞、脳卒中、糖尿病、がん…これらは現代医療では「生活習慣病」というジャンルの病気に分類される。



生活習慣病…つまり…
「あなたの生活習慣が悪いから、こうなったんですよ」というのが、心筋梗塞や脳卒中、糖尿病、がん、などである。



がんは、あなたの生活習慣が招いたものです。
“原因は生活習慣の中にある”


と、言っています。





それを、メスで切除して、化学物質でぐちゃぐちゃにして、無かったことにするのが標準治療なんでしょうか??




生活習慣を見直し、悔い改め、今まで蔑ろにしてきた身体を労らながら、健康的な生活を送ることこそが標準治療だと思うのです。





自然療法家が提案する自然療法は、眉ツバの科学的根拠のない、変な治療法でしょうか?





訳の分からない詐欺療法でしょうか?





訳の分からない化学物質を投与する方が、訳の分からない変な詐欺療法ではないのでしょうか?










 死は万人に、平等に、必ず訪れる。
その死に方を自然に任せるのか、化学物質で焼き切るのか

治療法の選択ではない
もっと大きく深いところにまで目と意識を向けてほしい。

死の選択




これは全ての人が行うべきことだと思います。


今、死に直面していなくても
元気なうちから、自分はどのような終焉を迎えるのか?

どんな死に様を描きたいのか?





死の先に地獄も天国もない。
生き尽くした瞬間、死に際に地獄か天国かが決まる。